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2008年6月 9日アーカイブ

「正直、私ひとりで大丈夫なんだろうかと思っていた」

 まるでプライベートタイムのサウンドトラック。Superflyのファーストアルバム『Superfly』は、まさにそんな感触を残す作品だ。ソウルテイストあふれるサイケなロック、重量感あるリズム&ブルース、いい意味でチャラいロックンロール、フォーキーなにおいを漂わせたアコースティックナンバー......。とにかくサウンドも歌詞も色とりどり。耳にしているだけで、まずとっても楽しい。なおかつ聴き込むにつれて、ジワジワと心が泡立ち、歌詞に刺激されて気持ちが騒ぎ出す。そして気づけば毎日のさまざまなシーンにさりげなく根づいた、常に手元に置いておきたい1枚になっている。若干24才にして、身長151センチという小柄な女子にして、第1作目にして、このエネルギーとクオリティー。待望のファーストアルバム、堂々の完成である。


20080514.jpgのサムネール画像■ついにファーストアルバムが完成しましたね。

志帆:もう本当にホッとしました(笑)。作り上げられて良かったなぁって。途中からSuperflyのあり方が変わったので、アルバムを作り始めたころはものすごい不安だらけで。正直、私ひとりで大丈夫なんだろうかと思っていましたから。


■もうひとりのメンバーだった多保孝一さんがジェットとのコラボシングル『Superfly / Jet/I Spy I Spy』のあとに辞められたことは、やはり大きかったですか?

志帆:大きかったです。それまで制作面のことは多保くんに任せている部分が多くて、私は歌うことに専念させてもらっていたんですよね。で、私は音楽に対して勉強家っていう感じではなくて、すべて感覚でやってきたタイプで。いざ何か作るとなったとき、自分のなかにあるものを伝えるのがすごく大変だったんですね。そのうえ、せっかくみなさんが思ってくれた"Superflyってかっこいい"っていうイメージを壊しちゃいけない、というのもあったので。


■じゃ、新体制になって初めての『Superfly/愛をこめて花束を 』のときは相当大変でした?

aiwokometehanatabawo_4thsingle.jpg 志帆:すごい大変でした(笑)。何もかもゼロからのスタートだったから。あと、どっかに遠慮みたいなのもあったと思うんです。もともとSuperflyって多保くんがリーダーのグループだったんで、私が好きにしていいものだろうかっていう気持ちからなかなか抜け出せなくて。それも、アルバム制作の途中でそんなこと言ってられない状況に追い込まれるんですけど。『愛をこめて花束を』のときはそこまで開き直れてなかったので、本当に大変でしたね。


■でもそのぶん、この曲が多くの人の耳にとまったときはうれしさもひとしおだったのでは。

志帆:うれしかったですねー。安心もしたし。最初、ここまでポップなアレンジでいいんだろうかって思ったりもしたんですけど、結局はこれで良かったんだって思えたし。ひとりでやっていく自信にもつながったので。特別な存在の1曲だったりしますね。まぁそういう意味では、全曲特別なんですけど(笑)。


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