二酸化炭素の隔離からその先へ
「二酸化炭素を単に隔離するだけというところから、更に先へと進むときがやってきたのだ」
2002年の6月までには、全てのEU(ヨーロッパ連合)加盟国が、京都議定書を承認するものと思われる。これにより、ほぼこのような画期的な提案を概念から実行に移す為に最低限必要な、温暖化ガス排出量をもつ、最低限必要な国の数が揃うことになる(下記参照)。
日本政府は、現在のアメリカ政権がこれを推奨する意向の全くないことを示すまでは、この計画を熱心に支持していた。アメリカの大統領の方針によると、アメリカ政府は、経済情勢がより望ましい方向に進んだ時には、より高い率での排出量の低減に賛同するということだった。すなわち、成長率が高ければ、排出量増加の削減も多くなるというのである。
これはあまり論理的とはいえない。
京都議定書の支持者側と反対者側のいずれも、ある決定的に重要な問題を見過ごしている。すなわち:二酸化炭素に市場はあるのだろうか? 仮に我々が、その市場価値を、「人間が気候を安定させるために払う用意のある資金」だと定義するならば、その値はかなり低いことになる。このことから予想できることは? 「市場供給は膨大だが、市場需要のほうは、環境に配慮するわずか数社の企業に限られる」ということである。

