二酸化炭素は今日では、気候変化の元凶のひとつとみなされているが、新しいビジネスや更には生命そのものの前提条件としてさえ浮上する可能性が、十分ある。我々が見過ごしてはならないのは、酸素も、かつて地球上の初期の生命体にとっては、有毒であったという事実である。
酸素は、嫌気性菌から生成され、地球上のあらゆる生命体を全滅の危機にさらした。自然界が好気性菌を発生させるまでには、何百万年もの時を要したのだが、これらのバクテリアの生存には、酸素の存在が前提条件となる。こうして、大気においては、約21%の濃度で、継続的な生成と消費により、排出量のバランスがとられることになる。
我々はなぜ、二酸化炭素を問題とみなすのだろうか? なぜ二酸化炭素を、低いコストで上質な生成物につながりうる、豊かな資源ととらえないのか? 温室に大規模な二酸化炭素の注入を行わずに、競争力をもてるトマトの生産農家など存在しない。二酸化炭素の注入なくして、炭酸飲料を味わうことも不可能である。最近の、織物から自動車の部品に至るまでのハイテクな繊維を見てみると、そのすべてが、炭素系の繊維からできたものであることがわかる。
世界の主要な石油グループによる研究開発の成果を見てみると、我々は、過剰な「気候変動ガス」を処理しなければならない必要性と、この、豊富にあって利用可能な物質に対する新たな需要を生み出す必要性との間の隔たりに気づく。「どうしたら、海に注ぎ込むような方法で、あるいは地下に蓄えるために油井に戻すといった方法で、二酸化炭素の除去を行えるのか」という研究に、何十億ドルが投じられているのは、なぜなのだろう? これでは、現在の取引価値とされている、1トンあたり5ドルの価格に更にコストを上げているだけだ。


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